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原発事故が起きた日本の現状を海外に正確に伝えるには?

原発事故が起きた日本の現状を海外に正確に伝えるには?- goo ニュース畑

この記事についての意見:


「政府はどのような形で海外へ正確な情報を提供・発信し、後にその情報を再評価をしていけばよいでしょうか」という質問に対してでしたら、その答えは「日本政府にそんなことは無理です」と言わざるを得ません。

そもそも日本と日本政府ほど情報発信力がない主要先進国はないです。捕鯨問題では日本発のメディアではなく欧米の反捕鯨メディアを使わないと政府の主張を伝えられない(もちろんその見方は「憎き日本」)、尖閣問題では最大の武器であったはずのビデオテープを使うことを避けたどころか、中国政府がニューヨーク・タイムズに流したレアアース対日禁輸という脅しに屈するほどです。そして震災とその後の原発事故でも、政府の対応はお粗末で対外的な対応も後手に回ったことはどの海外メディアもすでにわかっていることです。

結局のところ、情報発信力に関する負の蓄積が原発事故で一気に露呈したと考えるべきでしょう。日本政府の対応は日本国民を(どのような形であれ)納得させることはできても、それ以外に対しては全く効き目がなかったのです。残念ながら、そうした現状を一気に覆すほどの形などありません。逆に政府は海外メディアに対して現在の姿を包み隠さす見せる、あるいは彼らを自由に報道させることに徹するしかないと思います(まぁ彼らのほうが日本のメディアよりも自由に取材しているとは思いますが)。

一方でこれが最も難しいことですが、政府は保障や除染など、原発事故後の処理を迅速かつ着実に進めていくことで、メディアがそういうことへ自然と注目していき、政府の動きを評価してもらうしかないと思います。海外メディアは現在の原発や福島についてのことにまだ興味を持ってもらえているので、その間に政府はこれだけ真剣に原発事故へ対応しているのだという姿を報道してもらえるような働きをすることが肝心ではないでしょうか。いずれにしてもどういう形を選んだにしても、最終的に評価するのはメディアやその受け手であって、何をすれば万人に受けるかどうかなどわかっていたら最初からすでにそのやり方を貫いているはずです。

ちなみに、絶対にやってはいけないのは、広告代理店に金を払ってイメージ戦略に走るようなことです。そうした無駄な技術へ努力を注ぐのであれば、事故処理へ技術を注ぐべきです。

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[短評]少年法の幼児的尊重理由

【2012年2月4週】気になるニュースや話し合いたいテーマはこちらまで

山口県光市の母子殺害事件の被告は、最高裁によって死刑が確定しました。同時に各メディアは事件当時まだ少年法適用の年齢だった被告の実名を掲載し、なぜ実名公開に踏み切ったかの説明を記事及びニュース内に加えました。例えば朝日新聞はこのように述べています。

朝日新聞はこれまで、犯行時少年だった大月被告について、少年法の趣旨を尊重し、社会復帰の可能性などに配慮して匿名で報道してきました。最高裁判決で死刑が確定する見通しとなったことを受け、実名での報道に切り替えます。国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべきだとの判断からです。本社は2004年、事件当時は少年でも、死刑が確定する場合、原則として実名で報道する方針を決めています。

しかし「少年法の趣旨を尊重」を盾に少年犯罪者の実名を一律で控える必要があるのでしょうか。現状では同法第六十一条により少年犯罪者の実名報道は禁止されています。それでも一部のジャーナリストにより実名が雑誌などに掲載されたり、インターネットで知ることもできる時代です。実名非公開が国内事件で行われるならまだしも、日本のメディアは海外で発生した少年犯罪でもご丁寧に名前を顔を隠す有様です(ワシントンDCの連続銃撃事件でのジョン・リー・マルボなど)。マルボの顔と名前なんて、2002年秋、CNNのトップページを見れば誰もが見ることができたし、NHKの衛星放送でも、CNNのニュースではふつうに名前と顔を出していました。そうした光景を見て不思議に思わないメディア関係者の神経に疑問を感じました。

少年審判を経ての裁判という手続きは、年齢による責任能力の問題をも考えるべき必要があるので、それ自体は百歩譲ります(刑法及び刑訴法の改正をすれば、通常の刑事裁判手続でも少年の更生は可能だと考えますが)。むしろ更生(社会復帰の可能性)という「少年法の趣旨」が、審判が死刑か無期懲役かというほぼ更生の可能性がない裁判手続きへ移行してもなおも影響を与えなければならないのでしょうか。この記事内では、被告は「犯行時の年齢が最も若い死刑確定者」と書かれていますが、結局メディアが尊重してたのは法趣旨ではなく犯行時の年齢ではないのかとすら思ってしまいます。法趣旨に疑問を感じる大手メディアはほぼ皆無だったのではないでしょうか。

事の重大を問わず、全ての少年審判及び裁判の被告を実名で出すべきとまでは言いませんが(例えば「軽微な」事件での実名報道までしなさいという面倒くさいことは求めません)、少年法による一律の縛りは時代の変化に対応できておらず、今回のような裁判では報道の自由及び知る権利に対する障害ですらあります。個人的には少年犯罪であっても実名は、原則公開をしてもいいと思いますが、少なくともその可否は審判及び裁判担当の裁判長が各案件毎に判断すればいいと思います(これはイギリスで発生したジェームス・バルガー事件の裁判手続を参照)。それにより実名を掲載するかどうかは各社が決めればいいのです。

ただし今回のようにもっともらしい理由を引っ張り出して、横並びでしか動くことができない、かつ現状の少年法に疑問を呈することもせず、当たり前のように尊重することしかできない日本のメディアが、各社の判断を忠実かつ正確に実行できるかどうかは疑わしいところです。

[NBA短評]How to think LINSANITY

ジェレミー・リン。この1週間アメリカでこの名前以上に数多くメディアで流れた名前はないでしょう。そして誰もがこの台湾系アメリカ人が何者で、何をもたらしているのかを考えたことでしょう。

そもそも、ジェレミー・リンとは誰なのでしょう?こちらのコラムに書かれているこの説明が最も簡潔でわかりやすいものだと思います。

Born to parents Shirley and Gie-Ming on August 23, 1988, Lin is an Asian-American NBA player for the New York Knicks. He wears the jersey No. 17 and plays as point guard. As a professional basketballer he’s not overly tall, measuring 6 feet, 3 inches (191 centimeters) and weighs 200 pounds (90.7 kilograms). He played for four years at Harvard, and has spent just one year as a professional player.

この名前が全米中に知れ渡ったのは、現地2月10日にニューヨークで行われたレイカーズ@ニックス戦でした。全米中継されたこの試合で、リンはレイカーズ、そしてコービー・ブライアントを相手に38点を上げ、勝利に大いに貢献しました。それ以降、リンは毎試合何を成し遂げるのかが人々の関心ごとになりました。

2月14日には、ニックスとMSGは”Happy VaLINtine’s Day”という全面広告をニューヨークの地元紙に掲載しました。


(@darrenrovellより)

そしてリンはこの日トロントで行われたラプターズ戦で、試合終了間際に逆転の3ptシュートを放ち、チームとファンをハッピーにさせました。敵地で行われたにもかかわらず、ショットの瞬間、会場が大盛り上がりました。

2月4日のネッツ戦で25得点を挙げてニックスに勝利をもたらして以降、リンはまさしくニックスとNBA、そしてアメリカのスポーツ界を変えました。リンの活躍で7連勝をし、ニックスをプレイオフ争いに引っ張りあげました。現地17日、ホーネッツがやっとのことでニックスの連勝を止めましたが、それでもLINSANITYと呼ばれるこのブームはまだまだ止まる様子はありません。リンはオールスター前日に行われるルーキーと2年目の選手で行われる試合に出場することが急遽決まりました。NBAもリンの影響力を無視することができなくなったのです。

リンはハーバード大学出身という知性のエリートである一方、それはバスケットボールの世界ではエリートとは呼べない環境にありました。リンがハーバードをMarch Madnessへ導き、バスケットボールのエリート校コネチカット大学を相手に大活躍をしても、NBAのスカウトからは無視されました。リンは2010年にFAで西海岸のウォーリアーズに加入しても大した活躍をすることもなく、ロケッツを経て、昨年末、東海岸のニックスへ入りました。ハーバードで活躍する台湾系プレイヤーということで、その当時少しはメディアも注目されましたが、それ以降彼の動向を追いかけるメディアは皆無だったといえるでしょう。

そう、今やリンは誰もが無視できない存在になりました。それはなぜなのか、ということがこの1週間の全米での命題になりました。もちろん、ニックスという大都市にあるかつての名門でここ最近は低迷が続くチームを勝利に導いてきた結果があるのは当然なことです。一方で彼は福音派(Evangelist)のキリスト教徒であることが注目を集めているのだという声もあります。福音派はアメリカ国内では政治を動かすほどの一大勢力のひとつなので、それに基づいたリンの敬虔さが、1ヶ月前までアメリカのスポーツ界で注目の的だったティム・ティーボウと比較にもされました(それにしても、NFLのシーズンが終わったとはいえ、1ヶ月でこれほどまでにスポーツ界の主役がここまであっさりと変わってしまうのも、という印象を受けます)。

そして、LINSANITYでどうしても避けられない要素、それは人種だと言えるでしょう。恐らくそのことは誰もが思っていたことでしょうが、今週初め、フロイド・メイウェザーJrがツイッターでパンドラの箱を開けました。

Jeremy Lin is a good player but all the hype is because he’s Asian. Black players do what he does every night and don’t get the same praise.

その後、76ersのアンドレ・イグドラもメイウェザーJr.に賛同し「黒人のNHL選手がリンのような活躍をすればみんな大騒ぎする」とコメントしました(実際、すでにNHLには黒人の選手はそんざいしているので必ずしもリンのようなアジア系アメリカ人選手ほど珍しい訳ではないのですが)。また、ヤンキーズのエース、C.C・サバシアも「ニックスにはLINSANITYがあるかもしれないが、これほどのヒーローはいない」という言葉と共に、かつて1試合で100得点を成し遂げたウィルト・チェンバレンのことを紹介する文章を掲載しています。かれらはみんな黒人なのですが、リンの活躍が奇しくもアメリカでの「黒人歴史月間」(Black History Month)に起こったことに、どこか苦々しさを感じているのかもしれません。

しかし、どれがLINSANITYの決定的な要素なのかもわからないし、どれもがその要素ではない、というのが実際のところでしょう。むしろ人々はジェレミー・リンという選手をどう捉えるべきかを、ある人はそのプレイスタイルというバスケットボールの純粋な面から、ある人は信仰というアメリカ人の内なるところから、またある人は人種というアメリカを形成する根幹から、それぞれ見出そうとしているのだと思います。ジェレミー・リンは今のような活躍を得る2週間前までは、兄弟のカウチで寝ていたそうなのですが、それが今ではアメリカ国内はもちろんのこと、BBCのスポーツニュースでも当たり前のようにLINSANITYという言葉が出るほどの共通語になりました。それはメディアが、チームが、リーグが、そしてリン自身が「ジェレミー・リン?まぁよくやってるよね」だけでは済まされない影響力をもたらした結果でもあるのでしょう。

それでも、LINSANITYは過去に起こったもの2つと似ているところがあると思います。ひとつは昨年春の「ジマーマニア」。当時ブリガムヤング大学の4年生だったジマー・フレデットがひとりでBYUの得点源になるほどの活躍をして、決してバスケットボールの世界ではエリートとはいえないBYUに快進撃をもたらし、同時にバスケットボールの大ファンであるオバマ大統領ですら「素晴らしい選手!」と褒めるほどの活躍をしました(大統領はまだ台湾系のリンについて公にコメントをしていませんが、それは北京から次の中国のトップになる習近平氏が訪米したことと何か関係があるのかもしれません)。BYUという宗教色の強い大学、カイリー・アービングやケンバ・ウォーカーという圧倒的な運動能力の高い黒人選手と違い、白人で誰もがわかりやすいほどにシュートを入れまくるフレデットは、今のリンとバスケットの点ではいろいろと似通っているように感じます。

そしてもうひとつ似ている点、それは野茂英雄の「ノモマニア」との比較です。どちらもアジア系の繋がりを持ち、ロサンゼルスとニューヨークという大都市を本拠地にしたチームで活躍している、あるいはしていたわけですが、どちらの選手も1994-95年のメジャーリーグのストライキ、昨年発生したNBAのロックアウトというリーグの騒動後に現れた点は見逃せません。特に今シーズンのNBAはロックアウト後のタイトなスケジュールのため、ふだんでは考えられないほどの連戦が続いています。その中でリンが文字通り毎日のように試合に出て、勝利を導く活躍を見せています。これがもし通常どおりにNBAが開幕し、いつもどおりの試合間隔だとしたら、リンはニューヨークまで来ることすらなかったかもしれません。リンはある意味リーグの危機から生まれた副産物だったと思います。

たった1週間かそこらで、ジェレミー・リンとLINSANITYを把握及び吸収するのはあまりにも短いです。リンはそれだけの強い印象をNBAだけでなくアメリカ国内に残しています。同時に、リンの活躍を見逃さず盛り上げるチームやリーグ、メディアの行動力の速さも今回ほどすごかったと思うことはありません。ノモマニアの時代と違い、TwitterとFacebook、YouTubeで簡単に様々な出来事を広められる2012年は、それだけ時代の動きが速くなったのでしょう。リンはありきたりな言葉で言うならば、時代が生んだニューヒーローです。さて、来月は誰がジェレミー・リンになるのでしょうか。

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