[短評]戦いの日々

bailOscar Pistorius granted bail by magistrate Desmond Nair – ESPN (2013/2/23)
BBC News – Oscar Pistorius: Variations on a theme of grief (2013/2/22)

この1週間ほど、南アフリカの義足のランナー、オスカー・ピストリウスという名前を聞かない日はありませんでした。ピストリウスは恋人を強盗と間違えて射殺した、と最初考えられていたところから、この事件は様々な広がりを見せました。ピストリウスと恋人との間の不仲、ピストリウスのステロイド疑惑、検察側の主席検事が実は殺人未遂の容疑を掛けられていたという事実、そしてピストリウスの兄が2008年の交通事故による過失殺人容疑で裁判に掛けられようとしている(もちろん今回の射殺事件とは関係がない)・・・メディアが騒げば騒ぐほど、この事件の広がりはアフリカ大陸ほどに果てしないものになりそうです。

2月22日、南アフリカ、プレトリアの裁判所は、ピストリウスとの保釈審議を行いました。裁判所の命令によりテレビにおいても音声のみで放送されたこの審理は、BBCやCNNなどを通じて生放送されました。延々と治安判事(magistrate)の決定理由が述べられる間、ピストリウスは立ったままじっとそれを聞いていました。そしてこれまでの人生で最も長かったであろう2時間を経て、ピストリウスは多額な保釈金とパスポートや銃を出すことなどを条件に、保釈を勝ち取りました。その瞬間、支持者からの”Yes!”との叫び声が法廷内の響き渡りました。

bail
BBC Newsより

ピストリウスの人生は勝利と戦いの連続でした。先天性欠損症により生後11か月でひざ下を切断せざるを得なかったピストリウスは、その後義足の短距離ランナーとしてパラリンピックでその強さを発揮し勝利を積み重ねました。その過程において、ピストリウスが使用する義足がフカーボンァイバー製であり、その分ピストリウスに有利に働いているのではないかという訴えがなされましたが、2008年にスポーツ仲裁裁判所がピストリウスの主張を受け入れました。それを受けて、ピストリウスは世界陸上に出場し、ロンドン・オリンピックの出場権をも勝ち取り、南アフリカの4☓100mリレーの選手の代表となりました。

ピストリウスはロンドンオリンピックでは本来の調子を出すことができなかったけれども、それまでの努力の積み重ねは多くの人から共感を勝ち取るには十分でした。またそれにより、ピストリウスは有名企業から大型スポンサー契約をも勝ち取ることができました。しかし、そうした名声と富は、バレンタインデーの誤射(とピストリウスが主張する行為)により、そのほとんどを失い、人々からはそれまでの勝利の記憶が消されました。多くの人々、特に障害を持つ人々へ希望の星を与え続けたピストリウスは、保釈決定という今や彼にとって貴重な勝利により一途の希望をなんとか与えられた格好です。ただし、このことがピストリウスへの容疑そのものへの見方が変わることはありません。そのことは治安判事もなぜ事件当時ピストリウスが恋人をもっと適切に処置しなかったのかと釘を刺している点でもあります。

この事件を見ていると、ある2つの事件を思い出しました。ひとつはO.J・シンプソン事件。ピストリウスと同じ有名スポーツ選手(シンプソンに関して言えば「元」選手ではあるけど)による殺人容疑事件、そこに群がるメディア、正しくあのとき見たものと同じ光景です。あのときと大きく違うのは、カーチェイスの生放送がなかったことくらいでしょう。

そしてもうひとつはランス・アームストロングのステロイド疑惑。ピストリウスが義足という障害を克服したのと同じように、アームストロングはがんを克服してツール・ド・フランスで圧倒的な強さを発揮し、それにより尊敬を集め、同時に多くの企業スポンサーを集めました。しかし、ステロイド使用疑惑が発覚し、後に黒判定が下され、ツールの優勝者の名前からアームストロングが消されると、人々はアームストロングを尊敬から軽蔑の目で見るようになり、スポンサーは一気に手を引きました。今回、ピストリウスも同じようにスポンサーの契約解除を言い渡されました。

こうした事件があるとよく言われることなのですが、ピストリウスについても、周囲の人の中には、富と名声を勝ち得る過程において、人が変わっていったと評するようになりました。シンプソンとアームストロングが背負った、もしくは現在背負っている苦難を同時に抱え込むことになったピストリウスは、今回の事件を通じて、多大な有名人税を払わされているようです。しかしそれは見た目にも印象的な義足のランナー、ブレードランナーだからではなく、ここまでに至った努力、それにより勝ち得た尊敬に対する皮肉な裏返しに他ならない、そう感じます。数々の苦難と戦いおいて勝利を勝ち取り続けたピストリウスにとって、今度は人生そのものの勝利を勝ち取る戦いの日々が待ち構えています。

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