[短評]気持ち悪い自画自賛

「新聞読む」87% 「影響力」「正確」震災後評価高まる (産経新聞 2012/3/9)
新聞を読む人は87%、震災後に新聞の評価高まる
-新聞協会が「2011年全国メディア接触・評価調査」結果を発表- (日本新聞協会 PDF)

信じがたいのですが、日本新聞協会が行った「2011年全国メディア接触・評価調査」において、東日本大震災後の新聞の印象について「評価が高まっている」との結果が出たそうです。これがもし「東日本大震災”直後”の新聞の印象について評価が高まった」であれば納得してもいいかと思います。いや、あのような混乱時にまともな情報を流すことができないのであれば報道機関としての役割がないのに等しいのであり、やって当たり前のことに評価を下しても仕方ないです。いうなれば、救急車が確実に急患を病院に運んで「消防署への評価が高まった」と言ってるのと同じだからです。

実際のところ、震災前の新聞をはじめとしたメディアの凋落ぶりには目を当てられません。例えば原発事故後、数々の原発の安全性を疑う証言や文書があることが報道されました。なぜそうしたものはもっと前から報道できなかったのでしょうか。共産党の新聞「赤旗」は福島の原発の安全性について震災前に報道していましたが、共産党であるがゆえ、それはほとんど知られることはありませんでした。メディアは過去の原発報道に対する検証すらしようとしませんが、原発に不利な報道をしなかったのは、一部で言われるように東京電力に屈していたからなのでしょうか。同時に以下の記事が示すような、日本の報道が大本営発表の情報を伝えるのが主で「掘り起こし型」報道に弱い体質があるのでしょうか。

ピュリツァー賞と日本新聞協会賞はこんなにも違う (現代ビジネス 2010/4/19)

また「東日本大震災後の新聞の印象」ということであれば、この事件も日本の新聞の信頼を損ねたものとして記録されることでしょう。昨年秋以降騒がせたオリンパスの損出隠し事件で、「ファクタ」以外の国内メディアは当初、オリンパス広報の内容を鵜呑みにした上で、主役のウッドフォード前社長を「日本の文化を知らないガイジン」と評しました。しかし長年日本で暮らした前社長は、日本のメディア(と検察)の無能ぶりを知っていたため、日本のメディアより世界的に影響力があるフィナンシャル・タイムズやBBCなどに事の一部始終を話しました。それがロイターやブルームバーグといった世界的な経済メディアによって日本語で報道されるようになりました。

日本のメディアが事の重大さに気づいたのはそれからもっと後です。しかも、前社長が取締役会のため日本へ来たときには、海外メディアの隣で、前からこの事件を追っかけているかのような顔をした日本のメディアは前社長に対してスーパースター級の出迎えをしました。それでも日本の新聞は「知的」「情報は正確」などと言えるのでしょうか。

日本新聞協会は震災1周年を前にこうした調査結果を出すことで、改めて日本の新聞の有効性を証明したかった、もっというなら自画自賛をしたかったのでしょう。そうした新聞協会の姿勢にも、また震災のような非常時ではなく平時の新聞の報道姿勢に疑問を持たず新聞を異常なほどに信頼しきっている日本国民にも、虫酸が走る思いがします。

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[経済短評]6年ひと昔?ふた昔?

1月16日は、検索がその当時六本木ヒルズに本社を構えていてたライブドアに強制捜査を行った日からちょうど6年でした。当時、六本木ヒルズにある会社で働いていたのですが、仕事を終えて外に出るとメディアが待機していたのを覚えています(強制捜査は確か午後4時頃に開始されたので、まじめ?に仕事をしていた自分はあの検察がドヤドヤと入る姿を見てません)。しかし、あれから6年も経ったことはすっかり忘れていました。最近ではオリンパスの事件との比較でライブドアが引き合いに出されることはありますが、ライブドア事件を振り返る論調はほぼ皆無でした。張本人が刑務所に入り、「ライブドア」という社名が消えようとしている中で、この事件そのものも完全に人々の記憶から消えようとしているのかもしれません。

あれから6年経ち、日本のネット業界は完全に世界から取り残された印象を受けます。一方でネットの世界の方向性は大きく変わっていきました。かつてのネット業界では、いかにして多くの人々にサイトへ来てもらうか、そのためにはどういったサービスやソフトを供給すべきか、ということが重要でした。あくまでも発信者思考だったのです。ライブドアがあれほどまでに企業買収にこだわったのも、ライブドアを使ってもらうこと、ライブドアブランドで日本を埋め尽くすことが主眼でした。

しかし6年ほど前からは、いかにして多くの人々に自分のサービスを使ってもらうことで、より多くの人を呼び込むかという流れに変わっていきました。こちらは利用者思考だと言えます。その象徴が、TIME誌が2006年のPerson of the yearに「You」を選んだことからもわかります。つまり、インターネットが本格的にソーシャルメディア化していったのがこの年であったと言えます。ちなみに当時のソーシャルメディアといえば、YouTubeやMySpaceあたりだったと思います。

それからの動きは、映画「ソーシャルネットワーク」を見直すか、自分の経験を振り返るかでわかると思います。2006年頃からフェイスブックやツイッターが広がり始め、2010年までにはそれが爆発的な勢いになり、生活になくてはならないツールとなりました。TIME誌は2010年のPerson of the yearでマーク・ザッカーバーグ氏を選んだことからもそれは窺い知ることができます。同時にこれらのメディアはあまりにもその存在が大きくなりすぎて、2010年にはイランの反政府運動でフェイスブックやYouTube、ツイッターが使われるようになり、イラン政府がそれらの通信を制限するまでに至ります。そしてその翌年にはチュニジアやエジプトで相次いで元首がその座を追われ、「フェイスブック革命」と呼ばれるまでになりました。

こうした時代の変化には、フェイスブックにしろ、ツイッターにしろそうした新しいメディアが生まれるビジネス的土壌がアメリカ特に西海岸には存在していたことが大きいと思います。同時に、ブラックベリーや2007年に生まれたiPhoneをはじめとしたスマートフォンの存在も抜きにして語ることができません。そして、アメリカで生まれ世界へ飛び立ったこれらのメディアは、中毒になるほどの生活ツールになっただけでなく、アメリカ型の民主主義、つまり言論の自由を伝える伝導師の役割すら与えられた格好です。

かつては、記者が取材し記事を作成し部長の承認を得て初めて「記事」となり、それがじわじわと人々に伝わっていきました。人々はポータルサイトと呼ばれるところへアクセスし、様々な配信元からのニュースを見たり、いろんなサービスを使ってきました。しかし自らの手でその場で起こったこと、誰の介在を受けることがなく、思ったことを即座に「記事」とし、即座に世界中へ伝えることができる、そして自分の好きな情報だけを受けることができるソーシャルメディアは、世界を一変させました。今週、不振にあえぐヤフーの創業者のひとりであるジェリー・ヤン氏が全役職を退くというニュースが流れましたが、それもヤフーがこうしたソーシャルメディア化の動きに勝てなかったことを意味します。

米ヤフー:共同創業者ジェリー・ヤン氏が取締役など全役職を辞任 (ブルームバーグ)

これらの変化のほとんどはアメリカ発でした。それは上に書いたようにビジネスモデルや社会の違いがあるからだと言えます。日本でも「IT革命」という言葉がライブドア事件前には騒がれていましたが、その後ツイッターやフェイスブックの流入により、国内で稼ぎを出せているITメディアは、結局日本でしか育たないメディアだったことが明らかになりました。それでも日本国内で使ってくれる人がいるのだから構わないではないか、ということも言えますが、同時にそれは基本的に日本国内でしか使ってもらえないのです。それでも「革命」と言えるのでしょうか。パソコンではなくスマートフォンが、そしてポータルサイトではなくフェイスブックやYouTube、ツイッターやUstreamなどその他いろんなソーシャルメディアが世界的に影響力を持つものとなる中で、「ガラケー」片手にして使うmixiやグリー、モバゲーといった規模のソーシャルメディア(というより単なるネットゲームツール)の影響力は自己満足の域を脱していないと言うべきでしょう。

日本で「IT革命」が失敗した理由は、ライブドア事件前後での下駄の履き違え似合ったと思います。結局のところ、日本の「IT革命」(「ライブドア革命」はもちろん、その後に「mixi革命」や「モバゲー革命」などという言葉は産まれなかったし、今後も出ないでしょう)というものはIT技術の発展と広がりに求めるのではなく、株式市場で多くの株を求めることに主眼が置かれたものでした。それが世間では「IT革命」「放送と通信の融合」と呼ばれ、政財界も霞が関もそこらへんの人々も騒いでいたのです。マネーゲームをするだけで中身のないライブドアのような会社がどれだけ拡大しても、かつて、楽天社長が言っていたように「IT財閥」(それもしょせん国内限定)となってそれで終わりだったでしょう(高い技術力やシェアを有していても、損失隠しにより袋小路に入り込んだオリンパスがその好例です)。

つまり、6年以上年前の時点でものを見る立ち位置自体が間違えていたのだから、その後どうなっても「革命」なんて起こらなかったと思います。むしろ、独特すぎるな企業文化、ネット文化、携帯文化を打ち破るかのようにアメリカから入ってくるツールやメディアがゆっくりと日本に浸透しくことで、「革命」といわなまでも「変化」が起こっているように感じます。その中にライブドア事件以降の6年間の劇的なネット社会と世界の変化と停滞した日本の社会が映し出されています。


“Time”: 75th Anniversary Person of the Year

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[経済短評]日本をeducateする ver.2011

bf4f8cbd8a29908b860ac0c707167ecc「地獄をくぐり抜けてきた」戦う社長、ウッドフォード氏の帰還(gooニュース・JAPANなニュース) – goo ニュース
Fired Olympus CEO Confronts Colleagues Who Ousted Him (VOA.com)
ウッドフォード元社長が日本人だったらオリンパスの損失隠しは発覚しただろうか(ダイアモンド・オンライン)

かつて、といってもほんの4年前ですが、「日本に資本主義をeducateする」という「目的」で、スティール・パートナーズのウォーレン・リヒテンシュタイン代表が日本のあらゆる会社の株式を買い漁りに来ました。その多くが会社の名目価値以上の隠れた資産があると見ていたところです。しかしサブプライム問題とリーマン・ショックにより株価が暴落すると、スティール・パートナーズは過去の遺物となりました。

リヒテンシュタイン代表と比べると、マイケル・ウッドフォード氏はもっと長い期間日本の会社オリンパスで勤め、日本の会社のこと、日本そのものをよく知ったイギリス人だったといえるでしょう。そのウッドフォード氏は、ある意味知りすぎていた男でした。それゆえ、ウッドフォード氏が社長に就任してすぐ、日本の雑誌「ファクタ」の中に、オリンパスが不可解なM&Aとそれに伴うコミッション料の支払いをしていたという記事があることに気づきました。その問題を追求したところ、ウッドフォード氏がオリンパスの日本人取締役により解任されるきっかけとなりました。その日、ウッドフォード氏は携帯を取り上げられ、運転手付きの車にも乗れず、バスに乗って羽田空港へ向かったという、日本からの脱出に必死になったことを自ら語っています。

それから約6週間後、ジョン・グリシャムの映画の主人公のような生活を送ってきたウッドフォード氏は(自分だったらグリシャムにこの話を売るんだけどなあ)、オリンパスの取締役会に出るため、東京に帰って来ました。そして11月25日の午後、「思っていたほど張り詰めた雰囲気ではなかった」取締役会を終えて、外国人記者クラブで記者会見を開きました。その模様はユーストリームや、主に日本及びアジアをカバーする外国人記者が実況ツイートしていました。

その中でウッドフォード氏はもちろんオリンパスのことも多く語っていますが、同時にウッドフォード氏は日本の組織に対して信頼を置いていないことを垣間見ることができることも数多く話していました。例えば、社長職を追われた直後にウッドフォード氏はフィナンシャル・タイムズの記者にこのことを話します。そしてこの事件は、最初に取り上げたのが日本の雑誌だったにも関わらず、主に海外メディアを中心として、日本を除く世界中へ広がっていくことになります。一方で日本の大手メディアはオリンパス広報の言葉を鵜呑みにし、「日本を知らないイギリス人社長のご乱心」的な言われ方をされたことに不満を募らせていました。ウッドフォード氏はこのように話しています。

Woodford gives credit to Financial Times for breaking #Olympus story, also praises WSJ, NY Times for devoting so many resources to it.
Woodford complains that Japanese media coverage initially sounded like it came from the #Olympus PR department.(Voice of America スティーブ・ハーマン記者 @W7VOA)

イギリスに帰国したウッドフォード氏は、イギリスの重大詐欺局(Serious Fraud Office)への告発を行ったり、メディアに出演してインタビューに答えていきます。そうした模様はBBCやフィナンシャル・タイムズといったイギリスのメディア(同時にそれは世界的にも有力なメディアでもありますが)を中心として、欧米だけでなく日本でもロイターやブルームバーグといった日本語メディアでも知られるようになります。しかしそれでも日本の既存メディアはオリンパスのメンツを守っていたのか、それともオリンパスからの出稿がなくなることを恐れたのか、このニュースへの切り込みが疎かになり、日本メディアの腰抜けさが目立つようになりました。ウッドフォード氏も記者会見で「日本のメディアは1週間遅れでこのニュースを取り上げてくれた」と語っています。そのときにウッドフォード氏は笑いを含ませながら語っています。

そして、この言葉があまりにも決定的だと思うのですが、ウッドフォード氏はこうまで言い放っています。

Woodford: “I’m absolutely convinced” better to have gone to outside media than first to Japanese authorities.(上述 スティーブ・ハーマン記者)

“authorities”というのは、当然ながら関係当局のことでもあるのですが、ここではこれまでの会見の内容と照らし合わせると、メディアもその中に含まれてていると考えておかしくないでしょう。新宿の会議室で起こっていたことを、霞が関の当局や大手町や築地のメディア各社ではなく、ロンドンのフィナンシャル・タイムズ経由で世界中に発信させたほうが、より影響力が強い、ウッドフォード氏はそう確信していたように思います。そしてその考えは正しかったといえるでしょう。同時にそれは、外国人の視点で日本をよく知ることができたゆえ、日本の当局が無能であることを見透かしていたようにすら感じます。

ウッドフォード氏は役員として過去のオリンパスの決算に絡んでいたことに責任があるとして、一部株主から被告として名指しされています。それもまた事実ですが、仮にオリンパスが今でも日本人社長だったとしたら、今回の問題は表面化しないどころか、より悪化していったのかもしれません。その点、ウッドフォード氏は実体験を通じて信頼を置けない日本のメディアと司法当局、外見ばかり気にして中身が機能しない「日本株式会社」の取締役会が何たるかを日本人に向けて「educate」したように思えてきます。それはジョン・グリシャムの小説と言うよりは、教科書の役割です。

ちなみに、この記者会見でも取材していたハーマン記者は、会見後に日本テレビの取材を受けたそうです。そこで何かしらを答えたようなのですが、

Was approached by NTV on camera Q&A react to Woodford event. It won’t get on air as I focused on how #Japan big media ignored story.

実際この模様が流れたのかどうかはわかりませんが、確信を持って流されないと言ってるところを見ると、相当なことを言ったに違いありません。オリンパス事件は何なのか、自分たちがこの事件に対して何をしてきたかをいまだにわかっていないのは、オリンパスの本社から程近いところにある日本のメディアなのでしょう。そのことは外国人だけでなく日本人も知ってることです。


解任 マイケル・ウッドフォード

Exposure: Inside the Olympus Scandal: How I Went from CEO to Whistleblower

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