[短評]We have to wait for another.

米2冠馬アイルハヴアナザー電撃引退 左前脚に屈腱炎発症(夕刊フジ) – goo ニュース
I’ll Have Another won’t race in Belmont, trainer says (ESPN)
Paul Moran: Racing history put on hold (ESPN)
I’ll Have Another’s scratch spreads sadness across Belmont Park – Tim Layden (SI.com)

先週、ニューヨークでメッツのヨハン・サンタナがノーヒッターを達成したばかりなのに、現地時間で今週の金曜日、メジャーリーグではまたノーヒッターが達成されました。今回は、マリナーズがシアトルでのドジャーズ戦で、6人の投手の継投によりノーヒッターを達成するという、9年ぶりの珍しい記録です。ひとりで成し遂げようが、何人かで達成しようが、ドジャーズがノーヒットであったことには変化はなく、同時にこれが今シーズンだけでも3回目、シアトルのセーフコ・フィールドにおいては今年2回目のノーヒッター(うち1回は完全試合)となりました。

ノーヒッターそれ自体は、今日もアメリカの各メディアが速報を出したように、開幕3ヶ月以内で3回出たとしても偉大な業績であり、後々にまで投手の名前は残ります。それでも、今年のように何度も達成される時と、1シーズン全く出ない年があるのも事実です。人間が投げ、人間が打つ以上、それは仕方ないことです。一方でメジャーリーグでは三冠王は1967年のカール・ヤストレムスキー以来出ていません。特にここ最近は、アルバート・プーホールズ(今シーズンを除く)やマット・ケンプ、ジョシュ・ハミルトンへ三冠王の期待が掛かりますが、どれか1つのタイトルを逃したりするなど、その難しさは年を重ねるごとに増していきます。

ノーヒッターにしろ、三冠王にしろ、基本的に選手が元気である限り、現役を通じて何度でも挑戦することができます。プーホールズはカーディナルス時代に何度「三冠王に最も近い男」と呼ばれ続けたことでしょうか。しかし、競馬の三冠王、アメリカではケンタッキー・ダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークスを指しますが、これを狙うことができるのは、馬と調教師、オーナーにとっては長く、ふつうの人間にとっては短い、3歳でかつ5月から6月にかけての約1ヶ月半だけです(ダービー前のプレップレースなどを考慮するともっと長いのですが)。メジャーリーグの三冠王ほどではないにしろ、1978年のアファームド(Affirmed)以来まだ誰もアメリカの競馬界での三冠王を見ていません。毎年、春の競馬の季節になると、ケンタッキー・ダービーに勝った馬に、早くも三冠王の期待が掛けられます。その中からプリークネスステークスで勝利すると、さらに三冠王への期待が高まります。そしてベルモントステークスになると・・・違う馬が勝ち落胆したまま「また来年に期待しよう!」という声とともに、春の競馬シーズンが終わります。

今年その期待を一身に受けたのが、ケンタッキーダービーでは穴馬だったアイルハヴアナザー(I’ll Have Another)でした。プリークネスステークスでも勝利を収めて、いよいよ34年間の「三冠馬ののろい」が解かれるのかいう期待が高まりました。ベルモントステークスを前にして、ニューヨークのホテルには予約が殺到し、カメラマンたちはゴールラインの良い場所を確保しようと必死になりました。その騒ぎのとなりで、1977年に三冠馬になったシアトルスルー (Seattle Slew) の調教師、ビリー・ターナー氏が「いつかは三冠馬が現れるだろうが、今回はその可能性がかなり高い」とティム・レイデンに語っていました。

そのコメントからわずか30分後、I’ll Have Anotherの調教師が突然、この馬をベルモントステークスへ出さないと発表しました。その理由れは夕刊フジの見出しにあるとおりです。同時にこの馬はこれをもって引退することも発表されました。これまで多くの馬が二冠を制しながらも三冠を逃すということがありましたが、I’ll Have Anotherも残念ながらその仲間入りをしました。しかしそれ以上に残念なことは、I’ll Have Anotherは、ポール・モランがいうところの、「金曜日に三冠を逃した最初のサラブレット」つまり最終戦に出ることなく三冠を逃した第二次大戦後最初サラブレットとなりました。それも怪我による出走回避と引退という形で、です。

左前脚の屈腱炎の原因は何かはまだ不明ですが、特に三冠への期待が掛けられて以降、この馬には精神面だけでなく体力面でも相当の負荷が掛けられていたのでしょうか。それは周囲の盛り上がりや厩舎の期待を考えれば仕方ないことですし、それがサラブレットの宿命でもあります。この三冠レースでも、ベルモントステークス中に怪我をして安楽死処分させられた馬もいます。I’ll Have Anotherは、ベルモントステークスの直前に出走回避することで、そのような悲劇的な運命を辿ることを直前で避けることができました。オニール調教師はこのように語っています。

Could he run and compete? Yes. Would it be in his best interest? No.

アメリカでは競馬への関心はそれほど高くなく、ビジネスとしても盛り上がりに欠けるものとされていますが、逆にこの三冠レースの時期だけにその関心が集中します。30年以上待たされている三冠馬が出そうな場合はなおさらです。I’ll Have Anotherの出走回避のニュースも、各メディアはサンタナのノーヒッターのときと同じ勢いで速報で流しました。同時にアメリカの競馬界も、スターサラブレットの登場を待ち浴びているのと同時に、この期待をもう少し長引かせたいという思いも心のどこかにあるはずです。I’ll Have Anotherの命を考えれば幸せなことでも、この週末のアメリカのスポーツ界において、NBAのカンファレンスファイナル、ヒート対セルティックスの第7戦と同じくらい注目度が高くなるはずだったベルモントステークスが、ふつうの三冠レースのひとつになってしまったことの悲しさが大きいのかもしれません。

ダービー穴馬から三冠馬の大本命にまでのし上がってきたI’ll Have Anotherの細い左前足に、今のアメリカ競馬の全てが集約されているかのような気がします。I’ll Have Anotherはその意に反してもいて、同時に残念あるけどゆっくり休んで欲しいし、そしてファンは、有無を言わずに、再びもう1年待たなければなりません。

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