[NCAA短評]忘れられないメモリアルデー

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Sources: Ohio State Coach Jim Tressel was encouraged to resign (Columbus Dispatch)
Volunteer work, not NFL, likely in Tressel’s future (NFL.com)

昨日の帰り、バスに乗っていると赤羽橋あたりで大渋滞が起こっていました。先を見るとパレードが行われていました。慶応大学の東京六大学野球春季リーグの優勝を祝してのパレードでした。リーグ5位に終わったとはいえ、ライバルの早稲田を破って優勝をした慶応大学にとってはものすごい出来事ではありますが、慶応どころか六大学出身ではない自分にとって、そしてバスに乗って家に帰っている自分にとってはありがためいわくな話です。果たしでバスに乗っている人たちがどれだけ六大学野球、もっといえば大学スポーツ全般に興味があるのだろうと思います。

日本では大学スポーツは一部のメディアが盛り上げるイベントを除けば、高校野球よりもその市民権を得ていない印象を受けます。それはかつて神宮球場を満員にした歴史がある六大学野球も同じです。それと比べると、アメリカのカレッジスポーツ、特にフットボールとバスケットボールはアマチュアスポーツでありながらもひとつのビジネス業種でもあります。それも強豪チームとなればうごめく人物と動く金は計り知れません。

そうした大学のチームを率いるヘッドコーチは、プロスポーツチームの監督よりも強いプレッシャーにさらされていると言えます。大学から、卒業生から、地元のファンから、メディアから、そして全米中からその視線を浴びざるを得ません。同時に大学スポーツのヘッドコーチであることは、単に勝つことだけを純粋に追い求めるプロスポーツと違い、学生である選手たちを教育してい立場をも担っています。プロスポーツの監督の場合は、ある程度好き勝手なことを言ってもそれはエンターテイメントとして受け流してもらえるところもあります(例:オジー・ギーエン)。しかしカレッジスポーツの監督は、ビジネス面での成功、戦術面での巧さ、若い選手を導くリーダーシップ、そして教育者としての倫理面の高さを求められます。

オハイオ州立大学のフットボールチームのヘッドコーチ、ジム・トレッセルは、いつもいわゆる「チョッキ」とネクタイ、Yシャツでビシっと決め、大人気チームの若い選手を戦術面でも教育者としても率いてきました。これまでの成績のみならず、その倫理的な行動によっても全米でも屈指の尊敬を受けるヘッドコーチだとされてきました。しかし、昨年末、一部の選手がタトゥーショップの店主から金銭を受けていたとする疑惑が発覚しました。そうした噂が出てしまうこと自体、ヘッドコーチとしては試合に負けることと同程度に屈辱的なことだと思います。しかし、トレッセルはこのときにその疑惑を否定し、選手を庇うかのような発言を続けたことが、むしろトレッセルの評判を落とすこととなりました。大学のヘッドコーチは、執拗なメディアの追求から選手を守るべき時もありますが、それはフィールド上のプレイへの批判に対しては有効でも、フィールド外の非倫理的行為への批判に対しては間違った動きだったと言えるでしょう。

そしてメモリアルデーの朝、トレッセルは選手たちに対して辞任する旨を発表しました。そのニュースは瞬く間に全米中に流されましたが、この辞任は自ら決めたのではなく促された(encouraged to resign)ものでした。いずれにしても、それだけ影響力のある大学フットボールチームのヘッドコーチ辞任劇という点では、日本の大学スポーツではそれに類するものを見つけることはできません。トレッセルはオハイオ州立大学のヘッドコーチとして素晴らしい成績、ミシガン大学との名勝負や優秀な卒業生を輩出してきた点ではカレッジスポーツ史上でも屈指の人物になるはずでしたが、自らの誤った判断により、カレッジ界だけでなくNFLでもヘッドコーチとしての座を失われました。

トレッセルの人生の中では最も忘れられない、あるいは忘れたいメモリアルデーとなったことでしょう。

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