[短評]原発と民主主義

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菅前首相:浜岡運転停止要請から1年 単独インタビュー(毎日新聞)

国内の原子力発電所が全て運転停止になりました。その発端は紛れもなく菅直人元首相がほぼ1年前に行った浜岡原発に対する停止「要請」という「命令」でした。日本のどの法律を読んでも、首相が原子力発電所を停止できる権限を付与する根拠もなく、ましてや健全な私企業の経営に介入できるなどとは書かれていません。その意味で、菅氏は民主主義や法治国家そのものを否定した行為を平然と行いました。

しかし、原発反対派の毎日新聞社は菅氏に対してそのようなことへの疑問を投げるわけでもなく、また菅氏はその点の反省を全く見せていません。挙げ句の果てには、エネルギー政策は国政選挙の焦点になるべきではないか、という問いに対して、このように答えています。

どういうエネルギーを使うべきかは、最終的には国民が判断すべきもの。技術的な問題やいろいろな専門的の議論があっていいが、最後は技術論を超えたところで国民が判断すべきだ。国民の選択で一番分かりやすいのが国政選挙だ。

これが思いつきで原発を止めた元首相の浅はかな言葉です。もしエネルギー問題が国民の判断すべき事項であるならば、昨年、内閣総辞職ではなく解散総選挙を行うべきではなかったでしょうか。そこで民主党も他の政党もエネルギー政策を打ち出して国民に判断させればよかったのです。それが民主主義というものです。そこで原発を全廃ということが決まれば納得がいきます。それなのに、菅氏が自らの独裁的な行動を自慢しつつ、国民には「後はよろしく」と言わんばかりの態度に怒りを覚えます。同時に、民主主義を否定する人物がいる政党だからこそ、今の原発再稼働問題でも、内閣はデュープロセスを無視して判断していると批判されても不思議ではありません。

原発再稼働で軽視される行政プロセス (ダイアモンド・オンライン)

原発が1つも稼働しない状況で、この夏の電力事情がどうなるかは、予測の域を超えないので現時点では何とも言えません。しかし、この1年間の原発問題とエネルギー問題の右往左往を見て明らかになったのは、日本の民主主義、法治国家としての危機が来たことです。それなのにこの問題は全く語られず、一部の国民は法的根拠を無視した行為を支持するというとは、そこまでして民主主義を放棄したいのかと思います。特に原発反対派、菅氏の独善的行為を支持した人たちは、その点をどう考えているのでしょうか。

ちなみに、一部政党が掲げている憲法改正案の中には、緊急事態には首相が強権を発動できる、とするものが見られます。しかし、菅氏のような人物が首相であった場合、果たしてそのような人物にそこまでの強権を与えていいのかと疑問にもなります。それどころか、緊急ではない事態で強権が発動されたらどうするのでしょうか(菅氏が浜岡原発へ行ったものはまさにそれです)。非健全な民主主義国、法治国家にあっては危険な条項に感じられます。

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