[短評]隠匿と誤報

朝日新聞デジタル:英BBC会長が辞任 性的暴行疑惑の誤報で引責 – 国際 (2012/11/11)
BBC News – BBC needs “radical overhaul”, says Lord Patten (2012/11/11)

欧米の社会では、幼児に対する性的虐待という事件は、殺人事件と同じくらい忌み嫌う行為だと思います。昨年の今頃、アメリカで大騒ぎとなっていた、ジェリー・サンダスキーの一件はそれを見事に物語っています。

BBCの元名物司会者、故ジミー・サビル氏がBBCテレビで大活躍していた当時に、楽屋などで子どもたちに手を出していたということが、先月明るみになったとき、欧米のメディアはこれを大きく伝えました。サビル氏がそのようなことをしていただけでなく、BBCはそのことをわかっていながらも(それもそれについての番組を作っていながらも)、昨年サビル氏が死去した際に、その事実を隠して追悼番組を流したことが、大きな批判を呼びました。自分はこのニュースが流れて初めてサビル氏の存在も知り、同時に過去の悪行も知ったわけですが、欧米社会が幼児への性的虐待に対してどれだけ嫌悪感を抱いているのかはすぐにわかりました。

この一件でBBCへの疑惑の目が注がれているさなかに、BBCは新たに性的虐待に関連した失態を起こしました。今度は犯人ではなかった元上院議員を匿名ながらも犯人扱いしたことを、看板報道番組Newsnightで報道しました。隠匿と誤報、これによりBBCのジョージ・エントウィスル会長は就任2ヶ月にして辞任を申し出ました。

イギリスの公共放送、イギリス文化を世界へ発信する放送機関、そして世界でも冠たる信頼性の高い報道機関であるBBCは、一気に迷走の道へ突入してしまった印象は拭えません。そんなさなか、今朝BBCで「テレビジャーナリズムはソーシャルメディア革命を生き抜くことができるか?(#BreakingNews: Can TV Journalism Survive the Social Media Revolution?)」という特別番組が放送されていました。これはBBCの著名のジャーナリストでキャスターも務めるリース・デューセット氏Royal Television Societyで自らの経験を元に講演した模様を番組にしたものです。内容は、タイトルのとおり、TwitterやFacebookが台頭する中でテレビメディアはどのような役割を求められているのか、ということです。この中でデューセット氏は、TwitterやFacebook、YouTubeなどが台頭する中でも、テレビメディアはそうしたものを「監視」する、つまり本当かどうかを検証する役割を果たしながらも、信頼性の高い情報を提供していくべきだということを述べていました(同時にテレビもソーシャルメディアからの「監視」を受ける立場にもある、ということも話していました)。

しかし、そうした講演が放送されている中、画面の下では、BBCの会長が辞任をしたニュースが何分おきかに字幕で流されていました。何とも皮肉な感じでした。

なぜこのようなずさんな報道がなされたのかは、これからの調査を待つしかないのですが、恐らくは、BBCはサビル氏の一件での失策を埋めようと必死になっていたのではないかと思います。汚名を返上するために出てきたネタが、元上院議員の幼児への性的虐待疑惑でした。今回、BBCは無実の元上院議員を自ら吊るしあげた、というより、これを告発した被害者が間違えていたということになるのですが、そこで裏を取れなかった点ではBBCは責任があります。一方、先の講演において、BBCではネット上の情報に関しては必ずそれが正しいかどうかを裏を取ってから、放送もしくはウェブ上にニュースとして載せる、という話が出ていました。残念ながら、そうしたことを入念に行ってニュースとして公評しても、後に捏造されていたということもいくつかあり、全てがうまく行っているわけではありませんが。

今回、BBCはサビル氏の場合には実際に裏を取れていた(もしくはその事実を知っていた)にも関わらず、そのことを報道しなかった、元上院議員の場合には、ずさんな裏付けにより報道をしてしまいました。おまけに、それがどちらも人々が敏感に反応する児童への性的虐待でした。講演番組の中で、デューセット氏は「1番目に信頼性の低いことを報道するより、2番目に信頼性の高いことを報道する方がいい」とも話していました。恐らくこれはCNNの”Be first to know”を皮肉ったもの、あるいは特にTwitter時代に熱を帯びている速報の乱発から一歩距離を置きたいという考えなのかもしれません(もちろんBBCニュースも速報ツイートをしていますが)。

そうした人々のすぐに情報が欲しい、よりセンセーショナルな情報が欲しいという欲求が渦巻く世界において、BBCは隈なく張り巡らされている記者たちの弛まない努力と独自の報道倫理によって、世界中の人々から高い信頼性を得てきました。しかし、BBCもいつの間にか綿密な調査ではなく、目の前のネタに飛びつき、人々の目を最初に引くための競争に嵌り込んでいたのかもしれません。それが官僚的に走った面子保持と真実隠匿により生じた汚名返上の機会と勘違いしたのではないでしょうか。

BBCは会長辞任を受けて、BBCトラストのパッテン卿は「徹底的、大胆な構造上のテコ入れ」(thorough, radical, structural overhaul)を行うとしています。BBCにとってこの10月と11月は自らを見つめなおす時期になったことは間違いありません。これによりBBCへの信頼性が失われではあろうけど、それが一気に崩壊するものではないと思います。こうした事件が起こっても、BBCは世界の主要メディアのひとつとして残り続けるはずです。これまで築き上げたものがあまりにも大きく強固だからです。ただ、それゆえに、会長辞任までに至る経緯とその影響も大きく跳ね返って来たように感じます。

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[国際政治短評]ノーベル賞(笑)

BBC News – Nobel Peace Prize awarded to European Union (2012/10/12)
European Union wins 2012 Nobel Peace Prize – EUROPEAN UNION – FRANCE 24 (2012/10/12)
BBC News – Nobel Peace Prize: Surprise in Brussels at award for EU (2012/10/12)
The Nobel Peace Prize 2012 – Press Release (2012/10/12)

ヨーロッパは第二次世界大戦で荒野と化しました。この大戦が始まった要因はさまざまありますが、その中の一つが資源争い、特に鉄鉱石と石炭を巡るドイツとフランスという大陸ヨーロッパの二大国の争いでした。世界史もしくは政治・経済の教科書に書かれているように、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)はそのような教訓の下で1951年、この二カ国にイタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグが加わり発足しました。それが時代を経て、今のEUに至ります。

ECSCの誕生は、第二次世界大戦以前でも、近代から戦争が耐えなかったヨーロッパにおいて、物理的な平穏(と東側共産主義に対する強固なる防波堤)をもたらしました。2012年、ノルウェーのノーベル賞委員会(ノーベル生理学医学賞はスウェーデンのカロリンスカ研究所、平和賞と生理学医学賞以外のノーベル賞はスウェーデンの王立科学アカデミーが発表)がこの年のノーベル平和賞を、誰もが予想しなかったEUに授けると決めたのも、そのプレスリリースの冒頭で、過去60年間この国際組織が担ってきた役割を評価したものでした。

The union and its forerunners have for over six decades contributed to the advancement of peace and reconciliation, democracy and human rights in Europe.

ご存知の通り今のEUは世界からは景気減速の目の敵にされ、統一通貨の下で構成国同士はギリシャやスペイン支援ではなかなか一枚岩になれません。経済が悪化した構成国では、失業者が溢れかっています。この平和賞のニュースと前後するかのように、ワシントン・ポストはギリシャの失業率が25.1’%に達したことを伝えました。そしてそうした国では、緊縮財政に反対するデモやストライキが多発し、警察はそれに対して催涙弾を打ち込みます。確かにヨーロッパは戦後その努力により戦争のない地域となりましたが、今のヨーロッパには「和解」や「人権」ではなく「内輪の対立」だけが存在しています。ノーベル賞委員会もその点を理解した上で、それでもEUが授賞に値することをこのように説明しています。10文字以内でまとめるならば、「原点に立ち返れ」ということです。

The EU is currently undergoing grave economic difficulties and considerable social unrest. The Norwegian Nobel Committee wishes to focus on what it sees as the EU’s most important result: the successful struggle for peace and reconciliation and for democracy and human rights. The stabilizing part played by the EU has helped to transform most of Europe from a continent of war to a continent of peace.

しかし、「アラブの春」あるいはロシアの人権活動が平和賞を受賞すると思っていたブリュッセルのEU関係者ですら驚いた今回の授賞に対しては、誰もが疑問に感じます。そもそも、なぜ今EUがノーベル賞平和賞を授賞しなければならないのか、ということです。政治的意図が感じられるという声はありますが、これはそんなこと以前の問題だと思います。

つまり、ノーベル平和賞、もっといえばノーベル賞そのものが、価値をがないのではないかということです。特に平和賞は、2年前、アメリカのバラク・オバマ大統領が「核のない世界を目指す人物」として受賞したのをはじめとして、疑問に残る受賞者を何人も排出しています。今回のEUもそれに匹敵するどころか、それを超える疑義を発表後数時間にして既に生み出しています。

ノーベル賞委員会がどれだけこれまでEUが培ってきた「和解」の精神や「人権」に対する役割を強調したからといって、一般のヨーロッパ市民の多くは納得しないでしょう。それどころか、政治的にも経済的にも融合したことで、ユーロではなくフランやマルクの時代に戻りたいという声が高まっているほどです。失業者は自らの人権、もっといえばEUによって人として活動できることを享受されている意識など皆無でしょう。また、「和解」の精神があるのであれば、なぜ加盟を望んでいるNATO加盟国のトルコはEUに入ることができないのでしょうか。EUにとって宗教的な和解は二の次なのでしょうか。

長い歴史を振り返り、ECSCからEEC、EC、そしてEUといった組織がヨーロッパに明確な武器による戦いのない、平和をもたらしたことは評価すべきことです。しかし、それならば委員会は例えば、通貨統合を果たした1999年に授賞してもよかったのではないでしょうか。そこから浮かび上がる疑問は、ノーベル平和賞、もっといえばノーベル賞そのものが、誰かが受賞することではなく、誰かに授賞させることにしか存在していないのではないか、というものです。別に、ノーベル賞にふさわしい人物、団体がなければ「該当者なし」でいいはずですが、先例はそうしてきませんでした。むりやり過去の業績を引っ張りだして、平和賞を誰かにあげることで、今そこにある紛争や醜い部分を目立たせる必要はないのです。それならば、今の紛争などを解決した人物こそがすぐ平和賞を受賞すべきです(そのほとんどがイスラム教徒である「アラブの春」が平和賞を受賞するのは、あと何年後のことでしょう?)。

設立当時の崇高だったかもしれない理念からかけ離れたノーベル賞は、授賞する側の「誰かを褒めたい」という奇妙な欲求を満たすために立脚しているものではないかと、今回の平和賞のニュースを見て感じます。この時期、ノーベル賞のニュースはTwitterなどでも速報されますが、その発表にいつまでも一喜一憂する国、ノーベル賞の受賞により株価が動くような国は、世界を見回してもごく僅かです。平和賞に限らず、ノーベル賞は授賞側の自己満足と、ノーベル賞という言葉を崇め、国威発揚に使う国(それが盲目的もしくは選択的に関わらず)がある限り、生き残るのでしょう。
欧州統合と新自由主義―社会的ヨーロッパの行方 フランソワ・ドゥノール (著), アントワーヌ・シュワルツ (著), 小澤 裕香 (翻訳), 片岡 大右 (翻訳)

[国際政治短評]Hot issueとCool (or Cruel) Japan

【2012年8月3週】気になるニュースや話し合いたいテーマはこちらまで

朝日新聞デジタル:尖閣ビデオ公開検討 官房長官 香港活動家上陸経緯 – 政治 (2012/8/20)

藤村修官房長官は20日の記者会見で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)に香港の活動家らが上陸した経緯を海上保安庁が撮影したビデオについて「領海警備などに支障が生じない範囲で公開できるか否かの検討を(海保に)指示した」と語った。

 藤村氏は17日の会見では「海保はビデオを公開しない方針」と説明。その後に活動家らが強制送還されたため、20日の会見では「もう(上陸した事件が)係争中ではない」として公開を検討する考えを示した。

 この上陸をきっかけに中国各地で反日デモが相次いでいることについて、藤村氏は「尖閣諸島をめぐる事態が日中間の大局に影響を与えることは双方とも望んでいない」と述べ、沈静化を望む考えを示した。

もともと公開する予定はないとされていた、香港活動家による尖閣諸島上陸に関する海上保安庁のビデオについて、政府は20日の段階で「ビデオの公開を検討」という立場を示しました。

「公開」ではなく「公開の検討」という考えが20日の時点であることに唖然としました。政府の高官はBBCやCNNを見ていないのでしょう。これらの世界的なニュースチャンネルは、その前週の段階で、本国に帰り自らの行為を堂々と誇示する活動家の映像だけが流してました。そこには活動家を逮捕して船から連行する海上保安庁以外の日本の姿は全く見られなかったのです。

これは2年前の同じ場所で発生した同じような騒動から政府は何も学んでいないということを示しています。いや、政府はあの当時正しい判断をしたと考えているのだから、学ぶものなんてないのでしょう。これでは国家の主権の最も基本的なものである領土・領海を不法に侵されたことに対して、日本は世界に対して何も主張していないと言っているのと同じです。

その割には、各省庁はこぞって(本来日本の外交を担うはずの外務省までしゃしゃり出て)アニメやマンガ、コスプレ文化などいわゆる「クールジャパン」の発信には血眼になっています。そのようなところに力を入れたことで、昨今の領土問題で日本の味方をした国はあるでしょうか。国家の基本的な権利の主張もろくに発信できないくせに、ソフトパワーの発信には力を入れるとは本末転倒です。

私はかねてから、日本政府の情報発信戦略は劣っていると思っていますし、もっといえば、今回の動きを見ても、今後それが成長する兆しはないと言い切ります。冷戦期であれば、アメリカ主導の下で温々と外交をしていればそれで問題ありませんでした。しかし今や各国がそれぞれの主権を率先して主張しなければならない時代です。ただし東アジア、いや世界の中で日本だけは、冷戦期の黙っていても何とかなるだろうという外交を続け、一方で的はずれな情報発信だけに躍起になっているという不思議な情報戦略を持っているようです。そのおかげで政府はアニメやマンガを保護してくれるのでしょうが、国家の基本的なものは守られないという状況は続きそうです。

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[短評]気持ち悪い自画自賛

「新聞読む」87% 「影響力」「正確」震災後評価高まる (産経新聞 2012/3/9)
新聞を読む人は87%、震災後に新聞の評価高まる
-新聞協会が「2011年全国メディア接触・評価調査」結果を発表- (日本新聞協会 PDF)

信じがたいのですが、日本新聞協会が行った「2011年全国メディア接触・評価調査」において、東日本大震災後の新聞の印象について「評価が高まっている」との結果が出たそうです。これがもし「東日本大震災”直後”の新聞の印象について評価が高まった」であれば納得してもいいかと思います。いや、あのような混乱時にまともな情報を流すことができないのであれば報道機関としての役割がないのに等しいのであり、やって当たり前のことに評価を下しても仕方ないです。いうなれば、救急車が確実に急患を病院に運んで「消防署への評価が高まった」と言ってるのと同じだからです。

実際のところ、震災前の新聞をはじめとしたメディアの凋落ぶりには目を当てられません。例えば原発事故後、数々の原発の安全性を疑う証言や文書があることが報道されました。なぜそうしたものはもっと前から報道できなかったのでしょうか。共産党の新聞「赤旗」は福島の原発の安全性について震災前に報道していましたが、共産党であるがゆえ、それはほとんど知られることはありませんでした。メディアは過去の原発報道に対する検証すらしようとしませんが、原発に不利な報道をしなかったのは、一部で言われるように東京電力に屈していたからなのでしょうか。同時に以下の記事が示すような、日本の報道が大本営発表の情報を伝えるのが主で「掘り起こし型」報道に弱い体質があるのでしょうか。

ピュリツァー賞と日本新聞協会賞はこんなにも違う (現代ビジネス 2010/4/19)

また「東日本大震災後の新聞の印象」ということであれば、この事件も日本の新聞の信頼を損ねたものとして記録されることでしょう。昨年秋以降騒がせたオリンパスの損出隠し事件で、「ファクタ」以外の国内メディアは当初、オリンパス広報の内容を鵜呑みにした上で、主役のウッドフォード前社長を「日本の文化を知らないガイジン」と評しました。しかし長年日本で暮らした前社長は、日本のメディア(と検察)の無能ぶりを知っていたため、日本のメディアより世界的に影響力があるフィナンシャル・タイムズやBBCなどに事の一部始終を話しました。それがロイターやブルームバーグといった世界的な経済メディアによって日本語で報道されるようになりました。

日本のメディアが事の重大さに気づいたのはそれからもっと後です。しかも、前社長が取締役会のため日本へ来たときには、海外メディアの隣で、前からこの事件を追っかけているかのような顔をした日本のメディアは前社長に対してスーパースター級の出迎えをしました。それでも日本の新聞は「知的」「情報は正確」などと言えるのでしょうか。

日本新聞協会は震災1周年を前にこうした調査結果を出すことで、改めて日本の新聞の有効性を証明したかった、もっというなら自画自賛をしたかったのでしょう。そうした新聞協会の姿勢にも、また震災のような非常時ではなく平時の新聞の報道姿勢に疑問を持たず新聞を異常なほどに信頼しきっている日本国民にも、虫酸が走る思いがします。

原発事故が起きた日本の現状を海外に正確に伝えるには?

原発事故が起きた日本の現状を海外に正確に伝えるには?- goo ニュース畑

この記事についての意見:


「政府はどのような形で海外へ正確な情報を提供・発信し、後にその情報を再評価をしていけばよいでしょうか」という質問に対してでしたら、その答えは「日本政府にそんなことは無理です」と言わざるを得ません。

そもそも日本と日本政府ほど情報発信力がない主要先進国はないです。捕鯨問題では日本発のメディアではなく欧米の反捕鯨メディアを使わないと政府の主張を伝えられない(もちろんその見方は「憎き日本」)、尖閣問題では最大の武器であったはずのビデオテープを使うことを避けたどころか、中国政府がニューヨーク・タイムズに流したレアアース対日禁輸という脅しに屈するほどです。そして震災とその後の原発事故でも、政府の対応はお粗末で対外的な対応も後手に回ったことはどの海外メディアもすでにわかっていることです。

結局のところ、情報発信力に関する負の蓄積が原発事故で一気に露呈したと考えるべきでしょう。日本政府の対応は日本国民を(どのような形であれ)納得させることはできても、それ以外に対しては全く効き目がなかったのです。残念ながら、そうした現状を一気に覆すほどの形などありません。逆に政府は海外メディアに対して現在の姿を包み隠さす見せる、あるいは彼らを自由に報道させることに徹するしかないと思います(まぁ彼らのほうが日本のメディアよりも自由に取材しているとは思いますが)。

一方でこれが最も難しいことですが、政府は保障や除染など、原発事故後の処理を迅速かつ着実に進めていくことで、メディアがそういうことへ自然と注目していき、政府の動きを評価してもらうしかないと思います。海外メディアは現在の原発や福島についてのことにまだ興味を持ってもらえているので、その間に政府はこれだけ真剣に原発事故へ対応しているのだという姿を報道してもらえるような働きをすることが肝心ではないでしょうか。いずれにしてもどういう形を選んだにしても、最終的に評価するのはメディアやその受け手であって、何をすれば万人に受けるかどうかなどわかっていたら最初からすでにそのやり方を貫いているはずです。

ちなみに、絶対にやってはいけないのは、広告代理店に金を払ってイメージ戦略に走るようなことです。そうした無駄な技術へ努力を注ぐのであれば、事故処理へ技術を注ぐべきです。

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[経済短評]日本をeducateする ver.2011

bf4f8cbd8a29908b860ac0c707167ecc「地獄をくぐり抜けてきた」戦う社長、ウッドフォード氏の帰還(gooニュース・JAPANなニュース) – goo ニュース
Fired Olympus CEO Confronts Colleagues Who Ousted Him (VOA.com)
ウッドフォード元社長が日本人だったらオリンパスの損失隠しは発覚しただろうか(ダイアモンド・オンライン)

かつて、といってもほんの4年前ですが、「日本に資本主義をeducateする」という「目的」で、スティール・パートナーズのウォーレン・リヒテンシュタイン代表が日本のあらゆる会社の株式を買い漁りに来ました。その多くが会社の名目価値以上の隠れた資産があると見ていたところです。しかしサブプライム問題とリーマン・ショックにより株価が暴落すると、スティール・パートナーズは過去の遺物となりました。

リヒテンシュタイン代表と比べると、マイケル・ウッドフォード氏はもっと長い期間日本の会社オリンパスで勤め、日本の会社のこと、日本そのものをよく知ったイギリス人だったといえるでしょう。そのウッドフォード氏は、ある意味知りすぎていた男でした。それゆえ、ウッドフォード氏が社長に就任してすぐ、日本の雑誌「ファクタ」の中に、オリンパスが不可解なM&Aとそれに伴うコミッション料の支払いをしていたという記事があることに気づきました。その問題を追求したところ、ウッドフォード氏がオリンパスの日本人取締役により解任されるきっかけとなりました。その日、ウッドフォード氏は携帯を取り上げられ、運転手付きの車にも乗れず、バスに乗って羽田空港へ向かったという、日本からの脱出に必死になったことを自ら語っています。

それから約6週間後、ジョン・グリシャムの映画の主人公のような生活を送ってきたウッドフォード氏は(自分だったらグリシャムにこの話を売るんだけどなあ)、オリンパスの取締役会に出るため、東京に帰って来ました。そして11月25日の午後、「思っていたほど張り詰めた雰囲気ではなかった」取締役会を終えて、外国人記者クラブで記者会見を開きました。その模様はユーストリームや、主に日本及びアジアをカバーする外国人記者が実況ツイートしていました。

その中でウッドフォード氏はもちろんオリンパスのことも多く語っていますが、同時にウッドフォード氏は日本の組織に対して信頼を置いていないことを垣間見ることができることも数多く話していました。例えば、社長職を追われた直後にウッドフォード氏はフィナンシャル・タイムズの記者にこのことを話します。そしてこの事件は、最初に取り上げたのが日本の雑誌だったにも関わらず、主に海外メディアを中心として、日本を除く世界中へ広がっていくことになります。一方で日本の大手メディアはオリンパス広報の言葉を鵜呑みにし、「日本を知らないイギリス人社長のご乱心」的な言われ方をされたことに不満を募らせていました。ウッドフォード氏はこのように話しています。

Woodford gives credit to Financial Times for breaking #Olympus story, also praises WSJ, NY Times for devoting so many resources to it.
Woodford complains that Japanese media coverage initially sounded like it came from the #Olympus PR department.(Voice of America スティーブ・ハーマン記者 @W7VOA)

イギリスに帰国したウッドフォード氏は、イギリスの重大詐欺局(Serious Fraud Office)への告発を行ったり、メディアに出演してインタビューに答えていきます。そうした模様はBBCやフィナンシャル・タイムズといったイギリスのメディア(同時にそれは世界的にも有力なメディアでもありますが)を中心として、欧米だけでなく日本でもロイターやブルームバーグといった日本語メディアでも知られるようになります。しかしそれでも日本の既存メディアはオリンパスのメンツを守っていたのか、それともオリンパスからの出稿がなくなることを恐れたのか、このニュースへの切り込みが疎かになり、日本メディアの腰抜けさが目立つようになりました。ウッドフォード氏も記者会見で「日本のメディアは1週間遅れでこのニュースを取り上げてくれた」と語っています。そのときにウッドフォード氏は笑いを含ませながら語っています。

そして、この言葉があまりにも決定的だと思うのですが、ウッドフォード氏はこうまで言い放っています。

Woodford: “I’m absolutely convinced” better to have gone to outside media than first to Japanese authorities.(上述 スティーブ・ハーマン記者)

“authorities”というのは、当然ながら関係当局のことでもあるのですが、ここではこれまでの会見の内容と照らし合わせると、メディアもその中に含まれてていると考えておかしくないでしょう。新宿の会議室で起こっていたことを、霞が関の当局や大手町や築地のメディア各社ではなく、ロンドンのフィナンシャル・タイムズ経由で世界中に発信させたほうが、より影響力が強い、ウッドフォード氏はそう確信していたように思います。そしてその考えは正しかったといえるでしょう。同時にそれは、外国人の視点で日本をよく知ることができたゆえ、日本の当局が無能であることを見透かしていたようにすら感じます。

ウッドフォード氏は役員として過去のオリンパスの決算に絡んでいたことに責任があるとして、一部株主から被告として名指しされています。それもまた事実ですが、仮にオリンパスが今でも日本人社長だったとしたら、今回の問題は表面化しないどころか、より悪化していったのかもしれません。その点、ウッドフォード氏は実体験を通じて信頼を置けない日本のメディアと司法当局、外見ばかり気にして中身が機能しない「日本株式会社」の取締役会が何たるかを日本人に向けて「educate」したように思えてきます。それはジョン・グリシャムの小説と言うよりは、教科書の役割です。

ちなみに、この記者会見でも取材していたハーマン記者は、会見後に日本テレビの取材を受けたそうです。そこで何かしらを答えたようなのですが、

Was approached by NTV on camera Q&A react to Woodford event. It won’t get on air as I focused on how #Japan big media ignored story.

実際この模様が流れたのかどうかはわかりませんが、確信を持って流されないと言ってるところを見ると、相当なことを言ったに違いありません。オリンパス事件は何なのか、自分たちがこの事件に対して何をしてきたかをいまだにわかっていないのは、オリンパスの本社から程近いところにある日本のメディアなのでしょう。そのことは外国人だけでなく日本人も知ってることです。


解任 マイケル・ウッドフォード

Exposure: Inside the Olympus Scandal: How I Went from CEO to Whistleblower

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