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4 Reasons Why You Should Pick Apple iOS over Android

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Bangladesh’s prime minister: ‘Accidents happen’

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[短評]消えた社会保障議論

【2012年7月1週】気になるニュースや話し合いたいテーマはこちらまで|gooニュース畑


与野党こぞっての消費増税賛成論は 本当に「財務省のマインドコントロール」なのか|上久保誠人のクリティカル・アナリティクス|ダイヤモンド・オンライン

6月26日に「消費税増税法案」が衆議院で可決されました。自民党は元々増税を唱え、民主党が選挙公約を翻して増税へ傾き、今後は消費税が上がるか否かではなく、政府は本当に消費税を上げることができるか否かが焦点となりました。同時に消費税は次の国政選挙の焦点からも消えました。自民党のある幹部はこの問題に絡めて「野田首相は国民に信を問うべきだ」と話していますが、自民党も民主党も増税を唱える中で国民は何を選択すればいいのでしょうか。

この増税法案は「社会保障と税の一体改革関連法案」と呼ぶべきものです。しかし社会保障改革の議論は消費税の話と小沢氏一派を主役とした「政局」の動きの中で消えました。新聞社の政治記者やテレビの政治評論家は真面目ぶって政局の話をして真面目に日本政治を考えて振りをしていますが、「政局」という言葉自体が経済成長期の55年体制の遺物であり、永田町もメディアもそれにしがみ付いて仕事をしている振りをしているにすぎません。その上「今は政治の大転換期」と、この20年以上使われ続けてきた言葉を出して、いかにも日本の政治にすごいことが起こるのだと国民に変な期待を抱かせます。そのくせ、新聞協会は超党派の国会議員の助けを借り、増税が行われても新聞への課税は軽減して欲しいと身勝手な懇願すらしています。ゼロ成長期の今、国民にとってそんなものは全てどうでもいい話です。

消費増税でも新聞の軽減税率を 活字文化議連「引き上げ反対」 MSN産経ニュース

国民の多くはいずれ消費税は上がることは感じていたはずです。一方で国民が期待した、いや期待すべきなのは社会保障問題の議論です。特に野党時代の民主党は「消えた年金」の時に毎週末、年金改革案をテレビで唱え続けていたはずなのに、今や「消えた年金改革」です。極端な選択肢を出すならば、大増税して今の社会保障を守るか、税を上げずに今より劣る社会保障を受け入れるか、ぐらいの議論がなぜ産まれないのでしょうか。司法と立法府の違いはあるにしろ、28日に米最高裁がオバマ大統領の医療保険改革法という社会保障の本丸(かつアメリカ建国から残る「大きな政府」と「小さな政府」の対立)に合憲判決を出したときの騒ぎとは大きな違いです。

米最高裁:オバマ大統領の医療保険改革法は合憲 – Bloomberg
インタビュー:高福祉維持なら消費税25%必要=福田東大教授 | ロイター

結局、政党もメディアも消費税という一般受けする話を基にした政治の話、の仮面を被った永田町の乱痴気騒ぎを展開しすぎです。一方で政治家もメディアも国民が耳の痛いが避けられない社会保障問題の議論に参加することへ妨害しているようで、国民が愚弄されてる感じすらします。かなり近い将来、国民が信を問う機会が来ると思います。しかし、そのときに政局ゲームにかまけている各政党がどれだけ具体的な社会保障政策を打ち出せるかは疑問です。

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日本文化への関心を一過性のブームで終わらせないためにできることは?

日本文化への関心を一過性のブームで終わらせないためにできることは?- gooニュース畑

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震災後の日本文化振興【渡邊 啓貴・東京外大教授】 | OPINION 3/11

これは以前にも書いたことなのですが、日本政府が「イメージアップ」つまり傷ついた評判を「隠す」ために「さらなる文化外交」をするなら笑止千万です。それどころか、絶対にやってはいけないこととして紹介したものです。政府は原発事故以前から情報隠しが上手だから、それも必要なのでしょうが、ポップカルチャーから現実の原発事故まで全て見せた上で今の日本を判断してもらうべきです。

原発事故が起きた日本の現状を海外に正確に伝えるには?

おまけに、上記の渡邉教授の文章のうち、二段落目では「官民一体となった広報文化活動の強化」を個別に紹介しています。しかしこれは単純に省庁名の羅列で、これから戦略性を見出すことができるのでしょうか。「隣の省がやってるからうちでもやらねば」という利権取りの一貫で、「クールジャパン」「ソフトパワー」の名を借りて、各省庁が予算取りに走っているだけではないでしょうか。これでは法務省や宮内庁や消費者庁までもが「文化外交」を何かやりかねない状況です。

この文章に即して、政府がまず行うべきことは、海外で販促活動を行う以前のことです。それは政府しかできないこと、海賊版対策や国内外の著作権手続きの簡素化及び「Cruel Japan」というべき労働環境の改善(例えば「名探偵コナン」などの背景画を手がける制作会社が社員に訴えられた、残業代未払いという労働法上基本的すぎる問題への対策)などです。これは以前載せたリンクですが、例えば日本のテレビドラマは日本国内の権利関係が複雑なためネット戦略を打てず、馴れ合いと権利の上に眠る者のせいで作品全体の質が低下し、輸出産業とはなりえていません(制作側も世界に売れるドラマを作る気などないのでしょう)。

コラム:海外ドラマはライバル!? 日本が100%ドラマ輸入国にならないために!!(3年越しの大改訂版) | 海外ドラマNAVI
[短評]ドラマ負債国

確かに今の日本文化は新旧問わず世界にも広く伝わっていますが「深く」伝わっていると言えるのでしょうか。それこそ日本文化は「知られてる」程度であり、それはジャポニズムの延長戦でしかないと思います。そうである限り日本文化への関心は一過性のブームで終わります。

それを打破するには、国内制作部門の意識改革こそ必要です。それは戦後からバブル期までの一般的な製造業と同じで、文化の輸出だからといって話が変わることではありません。世界で売れるものを作るという強い意識があば、政府のあからさまな海外での販促なしに日本文化は企業により勝手に輸出され、世界で売れます。「日本で売れている」とだけ世界に伝わっても、それは土着文化の紹介です。世界で売れて利益を出すことができて初めてジャポニズムを超えると思います。だからこそ、政府が行うべきは制作者の意識改革を促す「国内の」政策や法律改正です。それをしないなら、政府は黙っていろとすら言いたいです。

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[短評]ドラマ負債国

【2012年5月2週】気になるニュースや話し合いたいテーマはこちらまで

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海外ドラマはライバル!? 日本が100%ドラマ輸入国にならないために!!(3年越しの大改訂版)(海外ドラマNAVI)

日本のテレビドラマだって個々に見れば秀作もあります。でも今どんな日本のドラマを見てるかと聞かれて、すぐに答えられない人も多いことでしょう。自分なんて、今日本のテレビ局がどんなドラマを流してるのかすら全くわかりません。

反面、海外ドラマ流入の勢いは留まるところを知りません。アメリカでの映画・ドラマ出演の経験が多いこの筆者は、日本はドラマに関して「100%輸入国」とさえ言うほどです。つまり、日本は日本のドラマを輸出できない一方で、海外からのドラマは次々と流入しているということです。アジアのドラマもそうですが、特にアメリカのドラマは、内容の善し悪しを別にして、新作でも次々と日本で放送されるような時代です。日本人俳優がアメリカのドラマに出ることも珍しくなくなりました。

現在のアメリカのドラマは、国内ではネットを使った収益システムが確立し、同時に始めから国外で売ることを強く意識したドラマづくりをしているのが特徴だと思います。それはドラマの中で使われる車や服やiPhoneから、アメリカの明暗混在の現代をありのままに見せる(そう、必ずしもアメリカのいい面だけを映しだしていないのです。それでは多種多様なアメリカの国民の心に訴えられないのであり、多様な人種を抱えた国であるからこそ、どの国へ出しても受ける作品を作ることができるのです)、いうなればドラマがアメリカ自体のステマ状態です。

一方で日本のドラマは国内受け、テレビ局と芸能事務所が満足すればそれでよいという極小の世界です。総じて今の日本のドラマは安易なところに原作を求め、筆者が言う「オリジナルのコンセプト」がない作品が3ヶ月毎に入れ替わります。加えて複雑な権利関係とライブドア・楽天の一件以降ネットを嫌うテレビ局の風潮ゆえにネット戦略に欠け、国外でも売れるドラマを作ろうという気概もなく、その隙を狙うかのごとく海外ドラマが入り込んでいる(そしてテレビ局がそのドラマを流す)、そのような状況です。

そこでフジテレビの前でデモをしても、じゃあ日本のドラマを観るかと聞かれて観たいと答える人は少ないはずです。それは外国からドラマを売り込む側ではなく、古い習慣と権利の上に眠る国内勢が悪いのです。むしろ、資本主義の世界では、韓国なりアメリカなり、自分たちのドラマや映画を海外へ売り込む、少しでも多く利益を得ようとするのが自然であるはずです。縮小し続けるパイの中だけで儲けを出すにしても、たかが知れています。結局、国内ドラマがつまらなくなったのは、国内の権利問題、意識の有無の問題に行き着きます。

そうした中で外務省が「クールジャパン」(笑)を海外へ売り込む「ソフトパワー戦略」など行っても、効果を予測するのすら寒々しいです。日本人が国内の作品にそっぽを向く、あるいはおもしろいと思えない時代に、そうしたものを観たいと思う外国人がいるのでしょうか。霞が関は広告代理店の言いなりになる暇があるのならば、国内の権利関係の立て直しと芸能作品のモノづくりに対する覚醒を促しさえすればいいです。そうすれば自ずと海外でも受ける作品が数多く生まれるはずです。

クール・ジャパン発信強化…外務省組織一元化へ(読売新聞) – goo ニュース
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[経済短評]6年ひと昔?ふた昔?

1月16日は、検索がその当時六本木ヒルズに本社を構えていてたライブドアに強制捜査を行った日からちょうど6年でした。当時、六本木ヒルズにある会社で働いていたのですが、仕事を終えて外に出るとメディアが待機していたのを覚えています(強制捜査は確か午後4時頃に開始されたので、まじめ?に仕事をしていた自分はあの検察がドヤドヤと入る姿を見てません)。しかし、あれから6年も経ったことはすっかり忘れていました。最近ではオリンパスの事件との比較でライブドアが引き合いに出されることはありますが、ライブドア事件を振り返る論調はほぼ皆無でした。張本人が刑務所に入り、「ライブドア」という社名が消えようとしている中で、この事件そのものも完全に人々の記憶から消えようとしているのかもしれません。

あれから6年経ち、日本のネット業界は完全に世界から取り残された印象を受けます。一方でネットの世界の方向性は大きく変わっていきました。かつてのネット業界では、いかにして多くの人々にサイトへ来てもらうか、そのためにはどういったサービスやソフトを供給すべきか、ということが重要でした。あくまでも発信者思考だったのです。ライブドアがあれほどまでに企業買収にこだわったのも、ライブドアを使ってもらうこと、ライブドアブランドで日本を埋め尽くすことが主眼でした。

しかし6年ほど前からは、いかにして多くの人々に自分のサービスを使ってもらうことで、より多くの人を呼び込むかという流れに変わっていきました。こちらは利用者思考だと言えます。その象徴が、TIME誌が2006年のPerson of the yearに「You」を選んだことからもわかります。つまり、インターネットが本格的にソーシャルメディア化していったのがこの年であったと言えます。ちなみに当時のソーシャルメディアといえば、YouTubeやMySpaceあたりだったと思います。

それからの動きは、映画「ソーシャルネットワーク」を見直すか、自分の経験を振り返るかでわかると思います。2006年頃からフェイスブックやツイッターが広がり始め、2010年までにはそれが爆発的な勢いになり、生活になくてはならないツールとなりました。TIME誌は2010年のPerson of the yearでマーク・ザッカーバーグ氏を選んだことからもそれは窺い知ることができます。同時にこれらのメディアはあまりにもその存在が大きくなりすぎて、2010年にはイランの反政府運動でフェイスブックやYouTube、ツイッターが使われるようになり、イラン政府がそれらの通信を制限するまでに至ります。そしてその翌年にはチュニジアやエジプトで相次いで元首がその座を追われ、「フェイスブック革命」と呼ばれるまでになりました。

こうした時代の変化には、フェイスブックにしろ、ツイッターにしろそうした新しいメディアが生まれるビジネス的土壌がアメリカ特に西海岸には存在していたことが大きいと思います。同時に、ブラックベリーや2007年に生まれたiPhoneをはじめとしたスマートフォンの存在も抜きにして語ることができません。そして、アメリカで生まれ世界へ飛び立ったこれらのメディアは、中毒になるほどの生活ツールになっただけでなく、アメリカ型の民主主義、つまり言論の自由を伝える伝導師の役割すら与えられた格好です。

かつては、記者が取材し記事を作成し部長の承認を得て初めて「記事」となり、それがじわじわと人々に伝わっていきました。人々はポータルサイトと呼ばれるところへアクセスし、様々な配信元からのニュースを見たり、いろんなサービスを使ってきました。しかし自らの手でその場で起こったこと、誰の介在を受けることがなく、思ったことを即座に「記事」とし、即座に世界中へ伝えることができる、そして自分の好きな情報だけを受けることができるソーシャルメディアは、世界を一変させました。今週、不振にあえぐヤフーの創業者のひとりであるジェリー・ヤン氏が全役職を退くというニュースが流れましたが、それもヤフーがこうしたソーシャルメディア化の動きに勝てなかったことを意味します。

米ヤフー:共同創業者ジェリー・ヤン氏が取締役など全役職を辞任 (ブルームバーグ)

これらの変化のほとんどはアメリカ発でした。それは上に書いたようにビジネスモデルや社会の違いがあるからだと言えます。日本でも「IT革命」という言葉がライブドア事件前には騒がれていましたが、その後ツイッターやフェイスブックの流入により、国内で稼ぎを出せているITメディアは、結局日本でしか育たないメディアだったことが明らかになりました。それでも日本国内で使ってくれる人がいるのだから構わないではないか、ということも言えますが、同時にそれは基本的に日本国内でしか使ってもらえないのです。それでも「革命」と言えるのでしょうか。パソコンではなくスマートフォンが、そしてポータルサイトではなくフェイスブックやYouTube、ツイッターやUstreamなどその他いろんなソーシャルメディアが世界的に影響力を持つものとなる中で、「ガラケー」片手にして使うmixiやグリー、モバゲーといった規模のソーシャルメディア(というより単なるネットゲームツール)の影響力は自己満足の域を脱していないと言うべきでしょう。

日本で「IT革命」が失敗した理由は、ライブドア事件前後での下駄の履き違え似合ったと思います。結局のところ、日本の「IT革命」(「ライブドア革命」はもちろん、その後に「mixi革命」や「モバゲー革命」などという言葉は産まれなかったし、今後も出ないでしょう)というものはIT技術の発展と広がりに求めるのではなく、株式市場で多くの株を求めることに主眼が置かれたものでした。それが世間では「IT革命」「放送と通信の融合」と呼ばれ、政財界も霞が関もそこらへんの人々も騒いでいたのです。マネーゲームをするだけで中身のないライブドアのような会社がどれだけ拡大しても、かつて、楽天社長が言っていたように「IT財閥」(それもしょせん国内限定)となってそれで終わりだったでしょう(高い技術力やシェアを有していても、損失隠しにより袋小路に入り込んだオリンパスがその好例です)。

つまり、6年以上年前の時点でものを見る立ち位置自体が間違えていたのだから、その後どうなっても「革命」なんて起こらなかったと思います。むしろ、独特すぎるな企業文化、ネット文化、携帯文化を打ち破るかのようにアメリカから入ってくるツールやメディアがゆっくりと日本に浸透しくことで、「革命」といわなまでも「変化」が起こっているように感じます。その中にライブドア事件以降の6年間の劇的なネット社会と世界の変化と停滞した日本の社会が映し出されています。


“Time”: 75th Anniversary Person of the Year

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[経済短評]日本をeducateする ver.2011

bf4f8cbd8a29908b860ac0c707167ecc「地獄をくぐり抜けてきた」戦う社長、ウッドフォード氏の帰還(gooニュース・JAPANなニュース) – goo ニュース
Fired Olympus CEO Confronts Colleagues Who Ousted Him (VOA.com)
ウッドフォード元社長が日本人だったらオリンパスの損失隠しは発覚しただろうか(ダイアモンド・オンライン)

かつて、といってもほんの4年前ですが、「日本に資本主義をeducateする」という「目的」で、スティール・パートナーズのウォーレン・リヒテンシュタイン代表が日本のあらゆる会社の株式を買い漁りに来ました。その多くが会社の名目価値以上の隠れた資産があると見ていたところです。しかしサブプライム問題とリーマン・ショックにより株価が暴落すると、スティール・パートナーズは過去の遺物となりました。

リヒテンシュタイン代表と比べると、マイケル・ウッドフォード氏はもっと長い期間日本の会社オリンパスで勤め、日本の会社のこと、日本そのものをよく知ったイギリス人だったといえるでしょう。そのウッドフォード氏は、ある意味知りすぎていた男でした。それゆえ、ウッドフォード氏が社長に就任してすぐ、日本の雑誌「ファクタ」の中に、オリンパスが不可解なM&Aとそれに伴うコミッション料の支払いをしていたという記事があることに気づきました。その問題を追求したところ、ウッドフォード氏がオリンパスの日本人取締役により解任されるきっかけとなりました。その日、ウッドフォード氏は携帯を取り上げられ、運転手付きの車にも乗れず、バスに乗って羽田空港へ向かったという、日本からの脱出に必死になったことを自ら語っています。

それから約6週間後、ジョン・グリシャムの映画の主人公のような生活を送ってきたウッドフォード氏は(自分だったらグリシャムにこの話を売るんだけどなあ)、オリンパスの取締役会に出るため、東京に帰って来ました。そして11月25日の午後、「思っていたほど張り詰めた雰囲気ではなかった」取締役会を終えて、外国人記者クラブで記者会見を開きました。その模様はユーストリームや、主に日本及びアジアをカバーする外国人記者が実況ツイートしていました。

その中でウッドフォード氏はもちろんオリンパスのことも多く語っていますが、同時にウッドフォード氏は日本の組織に対して信頼を置いていないことを垣間見ることができることも数多く話していました。例えば、社長職を追われた直後にウッドフォード氏はフィナンシャル・タイムズの記者にこのことを話します。そしてこの事件は、最初に取り上げたのが日本の雑誌だったにも関わらず、主に海外メディアを中心として、日本を除く世界中へ広がっていくことになります。一方で日本の大手メディアはオリンパス広報の言葉を鵜呑みにし、「日本を知らないイギリス人社長のご乱心」的な言われ方をされたことに不満を募らせていました。ウッドフォード氏はこのように話しています。

Woodford gives credit to Financial Times for breaking #Olympus story, also praises WSJ, NY Times for devoting so many resources to it.
Woodford complains that Japanese media coverage initially sounded like it came from the #Olympus PR department.(Voice of America スティーブ・ハーマン記者 @W7VOA)

イギリスに帰国したウッドフォード氏は、イギリスの重大詐欺局(Serious Fraud Office)への告発を行ったり、メディアに出演してインタビューに答えていきます。そうした模様はBBCやフィナンシャル・タイムズといったイギリスのメディア(同時にそれは世界的にも有力なメディアでもありますが)を中心として、欧米だけでなく日本でもロイターやブルームバーグといった日本語メディアでも知られるようになります。しかしそれでも日本の既存メディアはオリンパスのメンツを守っていたのか、それともオリンパスからの出稿がなくなることを恐れたのか、このニュースへの切り込みが疎かになり、日本メディアの腰抜けさが目立つようになりました。ウッドフォード氏も記者会見で「日本のメディアは1週間遅れでこのニュースを取り上げてくれた」と語っています。そのときにウッドフォード氏は笑いを含ませながら語っています。

そして、この言葉があまりにも決定的だと思うのですが、ウッドフォード氏はこうまで言い放っています。

Woodford: “I’m absolutely convinced” better to have gone to outside media than first to Japanese authorities.(上述 スティーブ・ハーマン記者)

“authorities”というのは、当然ながら関係当局のことでもあるのですが、ここではこれまでの会見の内容と照らし合わせると、メディアもその中に含まれてていると考えておかしくないでしょう。新宿の会議室で起こっていたことを、霞が関の当局や大手町や築地のメディア各社ではなく、ロンドンのフィナンシャル・タイムズ経由で世界中に発信させたほうが、より影響力が強い、ウッドフォード氏はそう確信していたように思います。そしてその考えは正しかったといえるでしょう。同時にそれは、外国人の視点で日本をよく知ることができたゆえ、日本の当局が無能であることを見透かしていたようにすら感じます。

ウッドフォード氏は役員として過去のオリンパスの決算に絡んでいたことに責任があるとして、一部株主から被告として名指しされています。それもまた事実ですが、仮にオリンパスが今でも日本人社長だったとしたら、今回の問題は表面化しないどころか、より悪化していったのかもしれません。その点、ウッドフォード氏は実体験を通じて信頼を置けない日本のメディアと司法当局、外見ばかり気にして中身が機能しない「日本株式会社」の取締役会が何たるかを日本人に向けて「educate」したように思えてきます。それはジョン・グリシャムの小説と言うよりは、教科書の役割です。

ちなみに、この記者会見でも取材していたハーマン記者は、会見後に日本テレビの取材を受けたそうです。そこで何かしらを答えたようなのですが、

Was approached by NTV on camera Q&A react to Woodford event. It won’t get on air as I focused on how #Japan big media ignored story.

実際この模様が流れたのかどうかはわかりませんが、確信を持って流されないと言ってるところを見ると、相当なことを言ったに違いありません。オリンパス事件は何なのか、自分たちがこの事件に対して何をしてきたかをいまだにわかっていないのは、オリンパスの本社から程近いところにある日本のメディアなのでしょう。そのことは外国人だけでなく日本人も知ってることです。


解任 マイケル・ウッドフォード

Exposure: Inside the Olympus Scandal: How I Went from CEO to Whistleblower